2015/12/31

「かわりつづける」ということ

 ことのは山房(妻)のブログで、2015年の我が家の流行語大賞が発表(?)されてる。ようは「光海語」のご紹介。「デュワ・デュワ・デュ~」っていうのは、いまだに意味不明なんだけど、なんだか面白い(そういうの大事だよね)。
 それから、ぼくらが出会い結婚するきっかけになった「Michi-Kusa」が、今年をさいごに更新を止めるという。そちらには「2015年、優雅に去る」という文章を寄せている。妻へも、荒澤さんへも、4年間、おつかれさまでした。
 『アフリカ』は来年の8月で10周年。創刊当時を思えば、えらい遠くまで来てしまった。しかし基本的なスタンスは変わっていない。今年は夏以降に少し沈黙したという感じが自分ではするが、それも必要あってのことだろう。来年はどんな眺めに出会えるだろう。「つづける」とか「つづけない」とか、10年前には必要があっていろんなことを言ったり書いたりしたものだけど、「つづける」秘訣は簡単。「かわりつづける」ということだ。

2015/12/30

ナイアガラ・ムーンがまた輝けば

 いろんなものを投げてるからあとは受け取った人がよろしくと。でも、自分では受け取る人を想定して投げてはいない。(大瀧詠一)

 レコード・コレクターズ増刊「Talks About Niagara」で、大瀧さんは「70年代のナイアガラをいいって言う若い人はまだ少ない」ようなことを言っているけれど、ぼくにとってのナイアガラは70年代で(「9.21」から始めて、『ロンバケ』のA面アタマのカウントで「終わらせる」のが一番おもしろい)、なぜかと言うと90年代中盤に大瀧さん自身の仕掛けたリマスターやらリミックスやらによる怒濤の再発ラッシュがあり、そこから「入って」いるから(当時ぼくは10代で)。さまざまなアイデア(音楽的アイデアに留まらないヨネ)が、アホみたいに詰め込まれている、音楽の秘宝群というか。あれを「親」として、こんな人(自分のこと)が出来上がるのですネ。しかし4年でLP(アルバム)12枚なんて契約はやっぱり…(あと省略)。その大瀧さんが急に亡くなって今日で2年がたちました。

2015/12/29

熟成秘蔵梅原酒

 家族三人で年末のお買い物へ。特別なときに使う中華街の酒屋へもしっかり寄る。最近は妻が少しお酒をたしなめるようになったので、日本酒に加えて梅酒も買っておこうとしたら、いつも気さくにいろいろ薦めてくれる(でも自分の好みもしっかりある──でないと信頼できないもの)主が、一升瓶でもよかったら、年に一度しか出てこない、こんなのもありますよ、と薦められる。ラベルには、熟成秘蔵梅原酒。漬けている梅からにじみ出た液だけを集めたという。まぁたまの贅沢だ。買ってみよう。というのでちびりちびり飲んでる。ほんとうに美味い酒はアルコールくさくない、というのが妻にも少しはわかった様子で、スッと入ってくる、美味しいね、と。

2015/12/28

「ぽかぽか」の会

 仕事納めの翌日。しむらまさと君の家で、『からすのチーズ』1歳記念&1年間おつかれさまの会、なんて言いながら、ぼくが会いたい&話したいと思う人たちを(思いつきで)呼んで(呼んでない人にはべつに会いたくないというわけではありませんヨ)お喋りする会。なかには初対面の人たちもあったりして、面白い時間だった。4年前の年末に「焚火の会」というのをやったことがあって、それも似たような集まりだった。今回は焚火はしなかったけれど、「ぽかぽか」になったら、新しいアイデアも出るというもので。また、何かを、たのしみに。

2015/12/27

ラジオのように

 「外出支援」の仕事納め。毎年12/30まで働いているようだけれど、今年はいろいろあって珍しく早めに終えた(家でやらなければならないことが山ほどあるのですヨ)。今年さいごだし、と誘って、同行(障害のある彼との顔合わせ)の支援者さんも一緒に、大國魂神社へ行きお参りをして珈琲焙煎舎へご案内する。その後、夜はアトリエ(吉祥寺美術学院)の忘年会へ。わいわい飲んで、夜遅くに帰宅して2015年さいごのサンデー・ソングブック(サンソン)を録音で聴く。毎週・日曜の音楽講座(?)、最近はちょっとプロモーションが多すぎてサンソンっぽくないなぁと思うことも少なくないのだけど、達郎さんは本業が忙しい証拠だからネ。でも今日は、以前のようなサンソンが戻ってきている。毎週55分を、ぼくも20年聴いている。これがないと困るくらいになっている。ラジオはいつも身近にある。

2015/12/26

偽物にもなれない

 山下達郎『クリスマス・イブ』は歌詞をよく読めば80年代から激化した広告代理店的な過剰にハッピーなクリスマスへの皮肉に満ちている孤独な内容の歌なのだが、それが他ならぬCMをきっかけにハッピーなクリスマスのBGMとして使われ続けているのは、まさしく壮大な皮肉というべきか。(とり・みき - twitterより)

 外出支援で蒲田へ出たら、昨日まで(たぶん)溢れ返っていた「クリスマス」がキレイサッパリなくなっていて、大瀧(詠一)さんが「クリスマス音頭」で言っていた「ほんとのクリスマスはどこへ?」状態が(例によって、だけれど)可笑しかった。いや、奇妙だったと言うべきか。仕事で出かけた赤レンガ倉庫では、派手な「クリスマスの後かたづけ」が行なわれていた。1月2日に正月飾りを全て撤去するようなことで、それも、やればいいんじゃない?

2015/12/25

彼のクリスマス

 うち(道草の家)でのクリスマス会は、毎年25日の夜にやることに決めている。今年は光海が1歳9ヶ月で、サンタをかなり理解しているようなので(この数日で彼の言う「あんた」も「さんた」に近づいてきた)、親であるぼくたちも何となく楽しみだった。朝、彼が起きたら、ぶら下げておいた靴下のなかから、初めて見るライオンちゃん(パペット)の顔が覗いていて、このあいだ気に入って欲しかった新しい靴や、かわいい音楽や、折り紙なんかがたくさん入っていた。それで今日はずっとパパも家にいて、お昼ご飯は外で軽食にして、珈琲を買いに行ったところでサンタにも数人(?)会えた。彼にはいろいろ見えるらしかった。夕方には珍しくパパとお昼寝をして、目を覚ましたらママが心をこめてつくったクリスマス・ディナーで、大喜びして。ママがつくってくれた自分用の特別なケーキも食べられて、とってもご機嫌だった。寝る前には『クリスマスのまえのよる』を何度も読んで。
 おやすみ。よい夢を。

2015/12/24

サンタの仕事

 子供の頃にサンタクロースとか、ドラゴンとか、いるはずのない架空の生き物を心底いる、と信じることが人間には必要なんです。その数が多ければ多いほど、子供の心の中に、椅子ができる。大人になってゆくと、なあんだ、サンタクロースなんかいないじゃん。と、そこに座っていた架空の生き物たちは消えてしまいます。でも、それまでその椅子を温めてくれたサンタクロースのお陰で、人は、大人になって愛を知った時、今度は本当に大事な人をそこに座らせることができる。(渡辺茂男さんのことば)

 今週のアトリエ、ぼくの授業は今日で、今年さいご。終わってからは、恒例の、誕生日会(A先生の)で、ワイワイ。今年は例年以上にアトリエとの関係が深かった。心から感謝を。で、ぼくにはまだ今日の仕事が終わっていない(サンタ業があるからネ)。

2015/12/23

年末の予定

 1年前の記録を見たら、やっぱり年末は30日まで外出支援をしている。今年は早めに休みに入らせてもらって、家で残している仕事をする予定です(それを「休み」と言うかって? この場合は言うのですヨ)。ちなみに23日は今年と同じで休日の外出支援。24日は市川で「ことばのワークショップ」、25日は例年通り自宅でクリスマス休暇、26日は珈琲焙煎舎へ道草〜アトリエで授業(その後は確実に飲んでる)、27日は『からすのチーズ』(完成したばかりだった)の作者と一緒で、28日には『アフリカ』のカラスが表紙の号が完成(そんなギリギリまでやってたんですネ)、29日は外出支援のあとで「よむ会」をやっている。妙に忙しい(笑)。で、今年の年末は結婚以来初になるけど「忙しく仕事するなら家で」と決めている。

2015/12/22

あんた!

 前にも少し書いたような気がするけれど、光海は「さしすせそ」が言えないらしく、「さんた」は「あんた」になる。あるといいよねぇと話して買ってきた大きな靴下(?)を見た光海は、ニッコリして、やっぱり「あんたぁ!」「あんた、いたねぇ?」と叫んでた。うんうん。さんた、こうにもくるといいねぇ。
 ぼくには相変わらずクリスマスといえば音楽で、もちろんレコード&CDでも聴くのだけれど、YouTubeにあがっている古今東西のクリスマス・ソング(有名どころからマニアックなもの、奇盤珍盤の類いまで)を浴びるように聴くのがこの数年いいなぁと思ってる(YouTubeの是非はともかく、こういうものがなかったらいくらお金を出してもこんなにいろんなものを浴びるように聴けはしないだろう)。Twitterのほうにちょこちょこメモしてます。よかったら、あたたかい飲み物でも入れて、ぜひ。

2015/12/21

柚子湯

 今年の冬至は火曜日で、ゐなり湯は定休日なので「柚子湯」は冬至の前日の今日になった。で、ぼくは今日は仕事が夕方から少し入っているだけだったので、その前に家族で行ってきた。光海はゐなり湯に行くのは初で、いろいろハプニング(?)はあったけれど、それなりに気に入った様子でよかった。ね。
 詳しくは「ことのは山房のポケット」の「はじめての『おふろやさん』」にリンクを貼って任せます(笑)。
 写真は、ゐなり湯の男湯のほうにある、椅子に座ってご機嫌な光海。彼は、あっ、これー? というものに興味をもつから、こちらには、あ、こんな場所があったのか、という発見がある。この富士山、地味な場所にあるので、なかなか気づかれにくいだろう。見られて良かったね〜(彼が興味あるのは「椅子」ですけどネ)。

2015/12/20

しゅがー!

 昨日は友人が来て、はじめて塩モツ(煮込み)をやったのだった。それなりに美味かった(またやろうかな)。今日はいつも通りに外出支援の日。連日の「飲み」が効いているのか妙に眠かった(たぶん天気が良かったせいもある)。帰宅してラジオをつけ、ご飯を食べ布団を敷いて、21時からは山下達郎さんがNHK FMで喋っているのを聴きながら寝る。昼間のサンデー・ソングブックは録音で聴く。光海は、音楽といえば「しゅがー!」と言ってシュガー・ベイブの「SONGS」の(オリジナル盤でいうと)ラストに入っている「おまけ」の「SUGAR」をかけろ、と言う。で、うちに来られた人たちにはお馴染みだけれど、陽気に踊る。陽気な音楽が彼にはよく伝わっている。彼はシュガー・ベイブのよき理解者だと思う。もしかしたら大人よりわかるのではないか。ぼくがシュガー・ベイブを初めて聴いたのは10代なので、それがどんな感じなのかはわからないけれど。(写真は表参道のカフェで12/15まで展示されている達郎さんの写真から。30代のころかなぁ?)

2015/12/19

くり返しの日常

 うちの奥さんがブログ「ことのは山房」のブログを「ことのは山房のポケット」にタイトルを変えて今月から(だよね?)再開してる。結婚して以来(いや出会って以来かも?)こんなに頻繁に書いているのは初めてではないか。何か心境の変化があったようで、近くで見ていて、とてもおもしろい。いわゆる「ライター」にありがち(?)な「見栄」に(この場合には「小銭稼ぎ」にも)ぜんぜん走っていなさそうなのが良い。で、これを(孤独に…?)つづけてどんな風景が眺められるかぼくも一緒に付き合ってみたい。なので今後はたまに彼女のブログを「引用」しながら書こう。楽でいい? いやいや。
 今日はクリスマス・ツリーの話を。このツリー、ぼくはかなり気に入っていて、彼女らしいなぁ、できてよかったなぁ、と感心して嬉しく見てる。光海は、松ぼっくりや鐘の部分を指して「なにー?」とくり返しぼくから聞こうとする。そのたびにぼくは「松ぼっくりだねぇ」「鐘だよ」と言う。このくり返しがぼくらの日常で、こんなに素晴らしいものはない。

2015/12/18

のしかかるような空

 のしかかるような空を見る。すべては垂直に落ちて来る。(セザンヌ)

 アトリエでの授業、今週が終われば、2015年も、あと1回。今年はより濃い1年になった。今週の「おみやげ」には、保坂和志『小説、世界の奏でる音楽』に入っているセザンヌのことばを持って行った。「自然」とか「風景」とか、について語っているもの。さらっと読めるような文章ではないと思うけれど、ひろい読みでいいから、気になったら、ちょっとした時間に、くり返し読んでみて、と。

2015/12/17

パオーンちゃん

 ソナタ奏者の演奏がソナタたりえるのはソナタに奉仕しているからだ。(メルロ=ポンティ)

 光海の「相棒」に、パオーンちゃんがいる(ゾウのパペット)。箱根に行ったときもずっと一緒だった。そのパオーンちゃん、昨日、ママとふたりで外出中にいなくなってしまって、光海は「パオーンちゃん! パオーンちゃん!」と悲しそうな声で呼んでいた。あまりにも可哀想なので、あれ、どこで買ったの? と妻に聞いて、えっ、あ、そうか、あれ300円で買ったんだ? と仕事帰りに「2代目パオーンちゃん」を連れて帰ってきた。もちろん光海には「パオーンちゃんが戻ってきた」ということにしている(でも、ま、そのとおりだし)。それで急に、お気に入りのオモチャや本を外でなくして悲しかった幼い日の気持ちが思い出されて、なんだか愛おしくなってしまう。

2015/12/16

5冊の絵本をご紹介

 先日、いただいた絵本たて(「絵本たて」にしたのは我々ですが)。ここには光海が最近、好んでいる絵本を選りすぐって置いておく場所。彼にとっては、『きょうのごはん』は『あんま(さんま)』(表紙がさんまなので)、『やこうれっしゃ』は『でんちゃ』、『クリスマスのまえのよる』は『あんた(さんた)』、『のりものがいっぱい』は『いっぱい』、そして『かばくん』は『かばくん』だ。見たことありますか? 手にとって見てもらったら、これらの本の素晴らしさが大人にも(文字通り手にとるように)わかります。ぼくら父母も絵本に魅せられているわけ。で、その感触は、息子にもしっかり伝わってる。あ、このなかに絵本ではない猫がいますね?

2015/12/15

来客からいただく「ぽかぽか」

 急な、うれしい来客あり、なんとなくいつもより明るく、ぽかぽか過ごせた1日だった。何よりのお土産は、その「ぽかぽか」だよなぁ。

2015/12/14

元気は元気で

 日曜の夜遅くに、光海が妙な咳をしはじめて、相談の電話をかけたら、救急に行っても良いかもしれませんね、と言われたので深夜の2時、タクシーを呼んで病院へ。本人は、元気は元気で、何だろ〜か〜? という様子なのだけれど。で、まぁ薬を飲まされて、心配なさそうだから帰って休みますか? という話になり朝方帰宅。仮眠程度に寝て、起きて、今日はグダグダ、夕方にはかかりつけの病院へ行って経過を見てもらい、体質的なものだから、あまり心配しすぎなくてよい、と今後の対策を少し話して、咳の薬をもらい、光海はまぁ元気いっぱいで、親のほうが疲れるみたい、と苦笑い。とはいえ体調を崩していることは確かで、ぼくもちょっと疲れ気味なので明日はお休みをいただくことにした。ムリしないでいいところではムリしない。今年もあと僅かですね。

2015/12/12

…と共に

 こどもたちの笑い声が運んでくる 歓びが夢を超える(ブライアン・ウィルソン)

 しむらまさと君が参加するピアノ教室のクリスマス・コンサートに「支援者」として参加してきた(いつから「支援される者」になれたのだったか、もうよく覚えていない)。そして、彼の描いた絵本『からすのチーズ』が私たちの個人的な出版レーベル・アフリカキカクから本になって、丸1年が過ぎた。この1年はいつも『からすのチーズ』と共にあった、と思う。『からすのチーズ』に守られ、導かれた1年だった。ありがとう!
 コンサートは? もちろんよかったさ!

2015/12/11

12月の(春の嵐)の日

 アフリカのピグミーたちは「急ぐことは、死につながり、ゆるやかに進むことは、生を豊かにする」と信じているらしいが、全くその通りだ。(水木しげる)

 忙しいと思えば思うほどのろくなるという傾向がこの数ヶ月の自分にはある。焦っているはずなのに、昨夜遅くには焼酎をついでキューバ音楽史の勉強なんかをはじめた。なにやってんだか(でもおもしろい)。で、外ではずっと雨が降っていて、しかもあたたかい。今朝は風もつよくて台風のような感じ。窓が真っ白なので拭こうとしたら窓の外が曇っているのだった(家のなかのほうが寒い)。妻子は最近ずっと通っている会のひとつが、年内さいごの開催だという、せっかくだから行きたいのだけど風が強くてこわい。駅まで送って行き帰りながら空を見上げたら青空が覗いていて、すさまじい強風に煽られる。そして蒸し暑い。まるで春の嵐だなぁ。

2015/12/10

ワンマン

 最近、「書く」も再開しつつあって、少しずつ頭が冴えてきているのを自分でも感じるのだけれど、やっぱり論破するようなことより、ジョークを考えるほうが面白い。

 昨日思いついたのはコレ。
 「多様性を大事に」と言う人から「ようするに何?」と言われる奇妙さに言った本人は気づかず。たぶん「それはつまりこういうことです」と断定できる多様が存在するのだろう。相対的な絶対、限定的な普遍性、とか。

 うちのまわりは坂だらけ(ときどき階段)だ。ごみを出しに行ったら、上の方からオレンジ色の物体が三つ、ころころ、ころりんと転がってきた。思わずひとつをキャッチすると、蜜柑。さらにおばさんが必死でその蜜柑を追いかけており、ひとつは手渡せたが残り二つを追いかけて下まで走って行った。
 これは今朝あった実話。

2015/12/09

いただきもので生きている

 人間、何もしていない時のほうが忙しいんだよ。(大瀧詠一)

 ぼくたち夫婦は、幼い我が子を、自分たちの「仕事」のために、他人に「任そう」と全く考えなかった(もちろん周囲の「助け」は少しずつ借りている)。貧しくとも自分たちでやろうと少し話して決めた。それを支えてくれている妻には誰よりも感謝してる。でもそれはじつは貧しいことではないし(銀行口座の数字が不足するだけ)、だいたい「仕事」って何だ? みんなで頑張って稼いで豊かになる、という時代は、とっくに終わっている。むしろ頑張って稼ぐことが破滅を早める可能性すらある(ないものを奪い合うだけだからだ)。いかに分け合うか、いかに助け合うか、を考えることがこれから本当の「仕事」になる。なんて言いながら今日も必要最低限の稼ぎを得に出る。よく考えたら、お金も自分のものじゃない、「いただきもの」ですね。

2015/12/08

一日じゅう空を見ていた

 昨日は1週間ぶりの休日で、たまの、休日らしい休日が過ごせた。残している仕事のことは、もう少し置かせてもらおう(少し休まないと)。道草の家の2階で、空を眺めていると、空がどんどん表情を変えて、雲が弾んだり、眠ったり、燃え上がったりして、見飽きなかった。夕方、図書館へ本を返しに行ったが、その間も、なぜか、ずっと空を見ていた。

2015/12/07

スマイル・ビスケット

 働いたら充実感が得られるなんて大間違いで、人生の充実感とは究極的には、江ノ電の駅のベンチにずうっと座って、海や山や空を眺めているときに得られるようなものなのだ。(保坂和志)

 自分たちの結婚パーティー(ちょっと豪勢な持ち寄りパーティーだった)のときに、お土産としてつくった「スマイル・クッキー」を久しぶりに焼いた! というので親子三人で食べた。

2015/12/06

なまけものに、ぼくもなりたい。

 木喰が刻んだ仏像は稚拙といわれ、あまり評価されていないけれど、それを眺めていると、人間は微笑をすれば微笑が返ってくる、ということがよくわかる。(水木しげる)

 先週、外出支援で深大寺へ行き、門前に鬼太郎茶屋というのがあるのを見つけて少しお邪魔した。だからその翌日に訃報が目に入ったときには、そういう意味で少し驚いた。幼いころに「ゲゲゲの鬼太郎」を夢中で読んだ時期があるが、それよりも最近はエッセイが好きだった。河出文庫の『なまけものになりたい』のような、過剰な編集の入っていない、既発の短文をだらだら並べたようなものが良い(そのほうが水木しげるらしさが出てる)。で、今日はある人とのやりとりのなかで、上のことばをふと差し出したくなったわけ。

2015/12/05

思考と痛み

 思考は痛みをもたらす。(鷲田清一『「聴く」ことの力』)

 ぼくはそのことを意識したり、あえて意識しなかったり、たまに、つい忘れてしまっていたり、した。でも、何はともあれ考えること自体は止め(られ)ず、それがいつも自分を助けていた、だろうと思う。それだけ恵まれていたとも言えるのだろう。(今日はゆっくり書いている時間がないので、ふっとした思いつきを書きました。)

2015/12/04

平坦な時間〜「ERIS」最新号のこと

 絵を片目だけで見る実験は本当に面白い。こうすると絵が立体的に見える。なぜか。片目では、本当は非立体的に見えるはずだ。(クレー)

 昨日の午後は一昨日の夜からつづいていて雨があがり、外出支援というお仕事をはじめたころからの付き合いの、知的障害のある青年と約1ヶ月ぶりに会う。あるていど約束どおりの、まったりとした散歩と食事をして、乱れのない、平坦な時間の大切さをこちらが教わっていると思った。
 無料で読めるウェブ雑誌「ERIS」最新号が出て、萩原健太さんによるフランク・シナトラのオリジナルLP全55枚のディスク・ガイド、4万字! が読める。最近は「すごい」を安売りする人が多い(ような気がしてる)のであまり「すごい」ということばを使いたくないのだが、これはすごい! ありがたいお仕事だなぁ。また、こんなものを無料で提供している、その仕組みにも興味もって見ています。

2015/12/03

人生のように

 箱根では、ほんのりとした紅葉を見ることができた。聞くと、今年の夏は涼しかったので、あまり赤くならない、このまま散るだろう、とのことだ。この写真は、帰ってきて仕事に戻り、外出支援で行った深大寺の紅葉。

 もうすぐ今年も終わる。残してしまっている仕事をこなしていかなければ、と少しずつ再開してる(まずは「たくさんある」状況から脱するべく…)。とくに、アフリカキカク関連の雑用(?)が夏以降、完全にストップしていた。関係各位へは申し訳ない。ひとりでやるのには限界を感じているのだけれど、ひとりでやれるだけの規模でつづけようという気持ちもある。「ひろげる」ことの弊害(?)もある。見つける人はちゃんと見つけてくれるし、出合えなかった人とは縁がなかったということ。人生のように。

2015/12/02

「水牛」のこと〜「小さなNO!」のこと

 人はたがやす 水牛はたがやす 稲は音もなく育つ(ウェブ「水牛」より)

 八巻美恵さんが毎月1日に更新している「水牛」を、ずっと見ている(毎月隅々まで読めてはいないけれど、という意味を込めて、でもしっかり「見て」いるという気持ちで)。紙の時代の『水牛通信』も少し拝見したことがあり、あのような「感じ」をぼくは目指そうと思ったこともある。今月の「水牛だより」では、ウェブ制作における「数」にたいする「小さなNO!」のことを書いている。読みながらからだ全体で頷いてしまいました。いつもありがとうございます。

2015/12/01

ひげじいさんの12月

 早朝、パパ、パパ、と言う声で目覚める。返事をすると、光海が何やら歌っていて、よく聴き取れない。耳を澄ましていると、とんとん、とんとん、と聴こえる。とんとん、とんとん、うえいーさん、おっほん! と言っている。あぁ、ひげじいさんの絵本の歌かぁ。とんとんとんとん(ページをめくって)ひげじいさん、おっほん! だね! そんなのいつの間に歌えるようになったの? と思ったら目が覚めた。

 今日から12月だ。1年、はやいなぁ。好きな季節。

2015/11/29

あたたかい時間

 水曜から珍しく三日つづけて休みをいただいて、鹿児島から出てきた父母と、妻子と一緒に箱根旅行をしてきた。箱根はいかにも観光地という感じで、ぼくら夫婦には(行くのは今度で三回目だったのだが)、なんというか、よい思い出しかない場所。今回は久しぶりに芦ノ湖まで足をのばして、雪をかぶった富士山にも会えた。ほとんど富士山を見たことのない両親も喜んでくれた。いや、富士山よりも、かわいい孫と過ごせることが何よりも嬉しいみたいで、孫のほうもじーじばーばと過ごせるのがすごく嬉しい様子(なんだか不思議と「わかる」みたい)。両親には末永く元気でいてほしい。これまでいろんなことがあったけれど、これからは、穏やかな、あたたかい時間が、よりながく、流れますように。

 で、ぼくは今日から仕事復帰。年中休みらしい休みはないつもりで過ごしているので、三日休んだだけでえらく長い休みを過ごしたような気がするのが可笑しい。

2015/11/26

むずがゆいような嬉しいような

 先日、吉祥寺のアトリエへ光海を連れて(親子三人で)行った。じつは2度目。前回は生まれて半年にもなっていなかったから、まったく覚えていなかった、だろうと思う。あのときは我々(ぼくとふたりで行った)が到着した瞬間から、挨拶もそこそこに、先生が光海をデッサンしはじめて、やがて全員がデッサンしはじめて、赤ん坊を囲んで真剣な空気が漲ったのだった。今回はそんなこともなく穏やかなひととき。アトリエにはいろんなモノがあって、光海はたのしいねぇ。ぼくには「職場」のひとつであり、「ワークショップ」的な、「サロン」的な場が生まれるところでもあり、家族がそこに揃うと何だかむずがゆいような嬉しいような気持ちがわいてくる。

2015/11/24

珈琲焙煎舎の4周年(下)

 通常営業をつづける珈琲焙煎舎を見ながら、3年前、1周年のときに、当時の常連さんたちに声をかけて、ひとり営業になったばかりだった店主を「励ます会」というのをやった。その夜、お肉屋のお父さんがこう言ったのだった。よいものをつくりつづけていたら、お客さんは絶対につく。余計なことは考えなくともよい。と。昔気質といえば昔気質。そう言うお父さんの横でサポートするお母さんの存在も大きく感じられたのだけれど。よいものをつくれば売れるという時代ではない、などと言われることも多くなってきた昨今、ほんとうのつくり手はそんなこと言うかなぁ(そう言える人はみんな自分では何もつくる気がないから勝手なことが言えるんだ)と冷めた気持ちになることもぼくは多くて。先日、店主は「4年間、いろいろあったけど、もう店を閉めようと思ったことは一度もない」と言いきっていた。
 信じる人がいる場はつづく、と思う。

2015/11/22

珈琲焙煎舎の4周年(上)

 「道草のススメ」〜「新・道草のススメ」をご覧になっている方にはすっかりお馴染みの、珈琲焙煎舎。今月、11月11日11時でオープンから丸4周年を迎えました。ぼくにとってのこの4年間も、珈琲焙煎舎ぬきには考えられない、いつも感謝しています。で、オープン当初はヨチヨチ歩きだった(?)店主もお店もたくましく成長して、ぼくもいちファンとしてすごく嬉しい。光海も1年ぶりにお店へ行き店主と記念撮影をしようと誘ったら、4周年記念セット(500円、11月いっぱい販売しているとのことですよ)の宣伝写真素材に使われました(どうぞ、と、笑)。これはそのアウトテイク(そこまでは誰も見てないか)。
 とはいえ、イベント的なことは何も考えていない様子で、浮き足立つこともなく、日々たんたんと焙煎〜営業に励んでる。お隣の市川精肉店(知る人ぞ知る地元の名店デスヨ)は40ウン周年だそうで、4年なんて短いと。(つづく)

2015/11/21

過去をどうするか

 こういう経験をした人は、そういう人になる、という言い方はいかにももっともらしい。ボードレールは「幼いころに幸せのイメージをもてなかった人は一生それをもつことができない」と言っていたと小川国夫がよく言っていた。見方によってはおそろしい指摘かもしれないが、幼いころにしか得られないイメージがあると言っているだけで、幼いころに不幸を味わった人は一生不幸のままでいるしかないと言っているわけではない(それに「不幸」にもいろいろあるようだし)。人は自分自身の味わった過去ですら「印象」を書き換えて生きてゆく。数年前、「これまでの経験をいかさない」ということばを紹介してくれた人がいて、そのときのことをちょっと思い出した。これまでの経験は、これからのことに「いかす」ものじゃなくて、これからのことはこれからのこととして新たにやるほうがよい、隠し味のように「いきる」ものなのかもしれないなぁ。

2015/11/20

日だまりのなかで

 ぼくたちの住んでいるここは、とても静かで、平和な感じがするけれど、外からは不穏な、ちょっと人が抱えるには巨大すぎる悲鳴のようなニュースや、役所からは人を惑わすような郵便がきたりする。とくにショッキングなニュースを前にしたら、みんな饒舌になるというか、ちょっとした躁状態になっているのを感じる。いろんなことを感じたり考えたりすればよいが、ぼくはひとつだけ気をつけていることがあり、いろんな情報にたいして自分が「評論家」のようにならないようにしたいということだ。

2015/11/19

「ワークショップ」というあり方

 もう半月前になるけれど、静岡美術学院へ初めて行き、「インタビュー・ゲーム」のワークショップをやった。夏に吉祥寺でやったものを少し変えて。イントロの部分で「絵を見て感動したことはあるか?」という質問が出たので、面白くて、それを採用して全員に聞いてみたところ、やっぱり「ない」という人がいるんですね。「ない」でも「ある」でもいいんだけど、そこから個々が秘めている「インタビュー・ゲーム」の森へ入ってゆく。で、やっぱり「ある」人ばっかりじゃなくて「ない」人がいたほうが面白いし、「ある」と思っていた人も、「あれ、ほんとうにあるかな?」という気持ちが生まれるかもしれない。最近いくつかの場所で「ワークショップ」をはじめていて、自分のなかで明確に決めていることは、感じ方は個々に委ねよう、ということ。たとえば障害福祉をめぐるワークショップであれば、「自分は障害者を差別している」という人が出てきても良い場にするわけだ。ただし「差別すべきだ」ではなく「自分は差別している」という感じ方を差し出せるような場にしたい。

2015/11/18

「わかる」ということ

 本当に他の悲しみがわかるということは、自分もすっかり悲しくなることである。(森田真生による岡潔のことば)

 いま話題のこの本を、じつはぼくも読んでる。発売と同時くらいに買っていた。吉祥寺のアトリエで最近、「わかる」とはどういうことか? を考えることが多かった。それでこの人の書くものにぶつかってピーンときたわけ。もっと言うと森田真生さんの書いている岡潔が「わかる」ということについてたくさん書き残していて、岡さんの本も読みはじめてる(ふたりとも数学者)。森田さんはぼくより5歳くらい若い、岡さんはぼくより80歳くらい上だ(ぼくが生まれる前年に亡くなっている)。岡さんの本を読むと、太平洋戦争のこと、戦前・戦後の教育のこと、いや、それよりもっともっと大切なこと──たとえば人の命のことなんかへの深い言及がスッ、スッと入ってくる。いまはこれらの本を手元に置きながら進もうと思う。

2015/11/17

偶発性の尊重

 山下達郎のツアーに行く、コンサート以外のお楽しみのひとつが、このパンフレット。今回も合計3万字超え(らしい)(自分で数えたわけではないですが)の読み物が収録されていて、『SONGS』を「より深く知るための、スペシャル・セルフ・ライナーノーツ」(ようは自作解説)と、これまでのコンサート・ツアーをめぐるロング・インタビューの2本で、テキストは能地祐子さんによるもの。『SONGS』のほうには、大瀧(詠一)さん(念のために書いておくと『SONGS』のプロデューサー)の仕事には「偶発性の尊重」がつよくあったというようなことが書かれていて、いや、それもずっと感じながら聴いてきましたけど、さらに細やかな発見があった。
 コンサートの半ばでは、世界中にはびこっている「戦争」のこと、2日前に起こったパリの同時多発テロのことにも少し触れて、数年前にも披露していたある曲を演奏した。強いファンク・ビートにのった宮里陽太のソプラノ・サックスが、信じられないような、遠く、どこまでも届くような息のながーいロング・トーンを聴かせた。

2015/11/16

2015年のシュガー・ベイブ

 ちっぽけな街に生まれ 人混みの中を生きる 数知れぬ人々の 魂に届くように──「蒼茫」

 今年も山下達郎さんのコンサート・ツアー「PERFORMANCE2015-2016」の一夜へ行ってきた。今回は道草の家から徒歩圏内の神奈川県民ホール。はじめて演奏する曲、久しぶりの曲、ずっとやりたかったカバー曲、などイロイロありますけど、基本的には「山下達郎のコンサート」の型通りの、いわばワン・パターン。でもたとえ毎回まったく同じであっても(同じではないのですが)、そのサウンドのなかに身を置くだけで、何か日々のなかでとても大切に思われることをもらえる。そうそう、いつも何かあったときの「おまけ」で演奏されるアレを、15年くらい聴いていて初めて生演奏で聴けました。ラッキー。いろんな思いのつまった3時間半。また明日から頑張ろう。

2015/11/15

世界地図とノコノコ展

 世界地図を、じっくりとながめてみよう。地図帳ではなく、できるだけ大きな一枚の紙に印刷した、世界地図だ。(片岡義男)

 片岡義男の(気の遠くなるような?)アーカイブをはじめている「片岡義男.com」が、毎朝、エッセイをひとつアップしていて、今朝はテロのニュースを受けるように(偶然かもしれないが)「いま、ここにある、自分の場所」を紹介していて再読。これはぼくはたびたび読み返してきたエッセイです。ぜひ読んでみてください。
 で、話は変わって、今日は久しぶりに江古田へ。Vieillでは、ワークショップノコノコの展示がはじまっています。しむらまさと君も小さな作品で参加。『からすのチーズ』も相変わらず販売中です(Vieillの大山さん、いつもありがとうございます)。あの、詳しくはまた、と思いますけど、明るい作品が多いです。皆様ぜひどうぞ。

2015/11/14

無力と祈り

 今朝(日本時間の今朝、向こうは夜)パリで起こったテロが、行ったことのない遠い街のことなのに、全然「遠い」感じがしない。ということは、シリアの街もけっして「遠く」ないということ。私も「隣人」へ祈りを届けます。無力でも、祈ることはできる。
 銃撃の現場になったひとつがコンサート会場であったということにも、底知れない無力さを感じてます。気づいたら悲しいというのをはるか通り越して…

2015/11/13

秋から冬へ

 ずいぶん空いてしまったので、仕切りなおして今日から書きます。この間にあったことを、少しずつ。

 この写真は、先日の静岡出張のお土産です。美味しそうでしょう?(笑)

2015/10/26

木の下で

 木について知りたければ、木のもとに行くべし。(松尾芭蕉)

 今日は朝から光海と留守番、の日。いろんなことがあるけれど、元気です。

2015/10/25

かぐや祭り

 障害のある人たちが農作業をしたり創作活動をしたりしている藤沢の「さんわーく かぐや」で、年に一度開催される「かぐや祭り」に、誘われて行ってきた。外出支援中で、知的障害+足腰もあまり強くない若者と一緒だったので、会場に着いた瞬間には「だいじょうぶかなー?」と少し心配したけれど、全然OK。いわゆる「バリアフリー」の対極というか、山の斜面に立っていて、舗装もされていない、歩いていると溝はあるし障害物がたくさんある、来場者で賑わっていて座ってご飯を食べるスペースも限られている、でも、そこかしこにさり気ない心配りがあり、思い思いに楽しんで歌ったり、踊ったりしている人たちがいる、ぼくはなぜか、アルプスの少女ハイジで、車椅子の少女が山へ行くのを思い出した。ちなみに、『からすのチーズ』のしむらまさと君と彼の母も参加して、『からすのチーズ』と『アフリカ』最新号もゲリラ販売させてもらっていた。あの場にいられた本たちも居心地良さそうでしたね! しみじみと、ありがとうございました。また行きたい。

2015/10/24

階段

 それから、いつの間にか、手をつかずに階段をのぼれるようになっていた。この写真では手をつないでいるけれど、ひとりでのぼれる。

2015/10/23

鴨たちと鯉たちと亀たちの池

 昼は家にいる日。三人で近所の森林公園へ散歩に出かける。光海を芝の上でたくさん歩かせて、遊んで、帰り際には鴨たちと鯉たちと亀たちの池に寄るのが最近の恒例。このような場所が近所にあって幸い。

2015/10/22

吃音の片隅で

 今日は「国際吃音啓発の日」らしい。ぼくは「吃音」はある程度わかるけど(自分が「吃音」の人だから… でも自分以外の人のことを「わかる」と思ったことはないかも)「啓発」がよくわからない。「なんだろう?」ということかな。「国際」はまぁ置いといて、「国際吃音なんだろう? の日」ということにして、ちょっと書きました。コチラ

2015/10/21

「自分がどう感じるか」

 昨日は夜のワークショップで、終わって、遅くに「一杯」やっていたら「泊まっていけば?」という話になり、久しぶりのカンテツ(徹夜)になってしまい、始発電車の朝イチで帰ってきた。飲んだ量が少ないので平気な気がしていたけれど、眠気だけはどうしようもなく、終日、うとうと、しながら過ごした。カンテツしたのには理由があって、じっくり話したいという学生が残っていたからなのだが、もがいているなら、そのもがきも身方にするくらいの気持ちでやってほしい。そういうとき、考えているばっかりじゃなくて、「自分がどう感じるか」をもっと大事にしてもいいかもね。