2016/12/04

「伝える」と「通じる」

 ぼくには、「自分の伝えたいこと」なんてあるだろうか? あるとして、そんなことが「伝えよう」とする前からわかっているだろうか? ある人たちには、そんなに「自分の伝えたいこと」があるのだろうか?
 自分が「わかりたい」という気持ちは常にある。いろんなことに対して。「それはわからなくていいんだ」と言うことはあっても本当に「わからなくて(もどうでも)いい」と思っていることはない。
 「わかる」とか「気づく」とか、ということを、他人任せにしたくない。そこで自分の仕事をしていれば通じる人には通じる。いま、ぼくは「伝える」ではなく「通じる」ということばを使った。

0 件のコメント:

コメントを投稿