音楽作品の成功というのは、スタジオの中であろうと、ライブであろうと、大半はミュージシャンの正しいキャスティングによるところが大きい。彼らの創造的なエネルギーと、精神と肉体の両方から導くことができるかどうか。そこにかかっているように思う。(ジョン・ビースリー)
宮里陽太の2枚目のアルバムをさっそく聴いている。2011年の秋に山下達郎のツアーで初めて聴いたときにも、良いとは思ったが、ここまでの作品を立て続けに出すとはね… 素晴らしかった前作につづいて今回もピアニストのジョン・ビーズリーが音楽面でのプロデューサー。ただ、カルテットによるコンパクトな演奏で「ストレイト・アヘッド」なジャズを演った前作とは大きく変わって、今回はストリングス&ホーン・セクションを従えた贅沢なアレンジで、よりコンテンポラリーな選曲&サウンドになってる。なんてウンチクはともかく、この音! はじまったばかりの達郎さんのツアーでも、どんな演奏を聴かせてくれるか、楽しみです。
2015/10/14
2015/10/13
予告の来客
大阪から、親しくしている吃音の、年上の友人が、「もうひとり」も連れて遊びに来てくれた。この日を楽しみにしていたのだった。以前なら泊まりがけで喋りに行ったり来たりする感じで、今回は短いような気もしたが(でも、良いことだ)、それでもいろんな話ができて、以前のこと、最近のこと、いまのこと、これからのこと、思い出すこと、話しながら気づくことがいろいろあった。よいもんですね。で、その中身をここでだらだら書くのは止めておく。光海も妻も、すごく嬉しそうだった。
ついでに、せっかくなので、というので、山手の洋館、ブラフ18番館と外交官の家をご案内。ブラフ18番館は、ぼくら夫婦がはじめて顔を合わせた場所で、久しぶりだった。彼女は朗読コンサートの主役、ぼくは予告の来客で、到着して、このドアから覗くと、リハーサル中だった彼女が何かをたのしそうに(?)話しているのが目に入ってきたのだった。
ついでに、せっかくなので、というので、山手の洋館、ブラフ18番館と外交官の家をご案内。ブラフ18番館は、ぼくら夫婦がはじめて顔を合わせた場所で、久しぶりだった。彼女は朗読コンサートの主役、ぼくは予告の来客で、到着して、このドアから覗くと、リハーサル中だった彼女が何かをたのしそうに(?)話しているのが目に入ってきたのだった。
2015/10/12
「超える」ということ
ほとんど目に見えないくらい遥か彼方を見ていると、だんだん自分が風景を見ているのか思い描いているのか区別がつかなくなり、心が安らかになる気がします。(西山史生)
今朝は3時すぎに目がさめた。寝たのは21時半か22時くらいで、光海と一緒に寝たのだった。今朝は早くに起きる必要もあったので(そんなに早い必要はなかったが)、せっかくなのでそのまま起き出して、珈琲を淹れて、考え事をしたり、ぼ〜っとしたりする。そんな、朝の時間は、好きだ。最近、急に、4年前のことを思い出すことが多いのだけれど、4年前の秋、府中の部屋で、毎朝、早く(日が昇る前)に起きて、同じように過ごしていた。ぼくには、何事かの結果ではなく、その間の時間にすごくこだわりがある。
今朝は3時すぎに目がさめた。寝たのは21時半か22時くらいで、光海と一緒に寝たのだった。今朝は早くに起きる必要もあったので(そんなに早い必要はなかったが)、せっかくなのでそのまま起き出して、珈琲を淹れて、考え事をしたり、ぼ〜っとしたりする。そんな、朝の時間は、好きだ。最近、急に、4年前のことを思い出すことが多いのだけれど、4年前の秋、府中の部屋で、毎朝、早く(日が昇る前)に起きて、同じように過ごしていた。ぼくには、何事かの結果ではなく、その間の時間にすごくこだわりがある。
2015/10/11
道のり
吉祥寺美術学院で8月に行った「サンデー・ワークショップ」のレポートがアップされている。ぼくが担当した「インタビュー・ゲーム」の回についても、丁寧なレポートがあがっていて、嬉しい(もしかしたら、まだ、これから書き足されるらしいですが)。
彼らとは、じつは、また今月、来月と、ワークショップの場をつくる予定があり(一般に公開されるものではないのですが)、数年の時間をかけてじっくり育ててきた関係や、アイデアや、なんとも言いようのない、いい感じ(?)が見えるかたちに少しずつなってきているようだ。
ぼくが執筆や編集の仕事ではなくて、なにかを教えたり(「教えてる」つもりはないけど)、喋ったり、そういうワークショップのような場づくりをしたりすることも、障害福祉にかかわることも、5年前、ぼくが大阪を離れるとき、すでに(たぶん)予知していた人がいた。と思う。これから、どんな道のりになりますか。
彼らとは、じつは、また今月、来月と、ワークショップの場をつくる予定があり(一般に公開されるものではないのですが)、数年の時間をかけてじっくり育ててきた関係や、アイデアや、なんとも言いようのない、いい感じ(?)が見えるかたちに少しずつなってきているようだ。
ぼくが執筆や編集の仕事ではなくて、なにかを教えたり(「教えてる」つもりはないけど)、喋ったり、そういうワークショップのような場づくりをしたりすることも、障害福祉にかかわることも、5年前、ぼくが大阪を離れるとき、すでに(たぶん)予知していた人がいた。と思う。これから、どんな道のりになりますか。
2015/10/10
2015/10/09
青空
今週もまたアトリエへ行く日。1週間が、とっても早く感じる。授業の準備をする前に、午前中は光海とふたりで森林公園へ散歩に行った。ふたりで散歩に出るのは久しぶりだったかも? よく歩き、よく走った。透き通るような青空の下、森林公園はからすたちで賑やかだった。光海はドングリをひろって、持ち帰ってママにプレゼントしていた。こんな時間が、ずっとつづけばいいのに、と思う。
2015/10/08
「安心」を求めて
ある人と話しながら、ぼくが支援で目指してきたのは「安心」ではないか。と、ふと思った。彼らの可能性をひらくということではなく、ましてや社会を変えるなんて考えてもいない(そんなものは放っておいても変わる、よくもわるくも)。大事にしたいものは何だろう? と考えて、「安心」ではないか。いや、そうではなくて、「冒険」だろうか。少なくともぼくは「支援者」として「冒険」を求めたことはない。でも、どうすれれば「安心」を得られるか、ということは、ずっと考えているような気がする。きみは、どう? と彼らひとりひとりに聞いてみたい気がした。
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