2016/01/31

37歳

 この数年、自分の誕生日は「休み」ということにしている。家ではいろいろやっているので、「個人的な日」というか。
 大阪で会社勤めをしていたころは、もちろんそう(休み)じゃなかった。一番思い出深いのは、播磨の山深いところ(雪も深かった)へ取材旅行していた誕生日。もう10年近く前。
 あのころぼくは自分がものすごく「孤独」な感じがしていた。いまでも、その感じを自分のベースにしている。「孤独」の対義語は何だろう?

 「パパの誕生日」というので、午前中くらいどこか出かけよう、と親子三人でバスに乗って横浜市の市電保存館へ。昔の電車に乗り、ジオラマを観て、帰り際にはバスのオモチャを買ってもらい、ご機嫌な光海でした。

2016/01/30

シャルフベック・メモ

 あなたは、私がなんでも簡略化してしまう傾向があると言いましたね──私もはっきりと言えないのですが、確かにものを見るときに細部やあちらこちらの小さな黒い点が目に入らないのです。(ヘレン・シャルフベック)

 ヘレン・シャルフベック、珍しく(?)図録を買ってきてくり返し見てる。「細部」が目に入らないようなことを言っているが、彼女は「写実」の名手で、若い日には古典絵画の模写の仕事もある。それがやがて自作では「単純化」のほうに向かう、ということ。その「単純化」の方法が面白い。途中からは人物画ばっかりになる。いいモデルがいる、ということが彼女の創作のモチベーションだったらしい。人物画と自画像の間を行き来している。同時代の画家の作品、雑誌や本などからもすぐに影響を受ける。やわらかい。晩年には親しい画商からの提案を面白がって、過去の自作の「再解釈」(セルフ・カバー?)をやっているのがとても面白い。そうなると、同時期に描いているエル・グレコの模写なんかも、自作(「再解釈」)になる。

2016/01/29

嘆いている暇などない。

 渡りは、一つ一つの個性が目の前に広がる景色と関わりながら自分の進路を切り拓いていく、旅の物語の集合体である。その環境が自分の以前見知っていたものと違っていたとしても、飲むべき水も憩う森も草原もなくなっていたとしても、次にとるべき行動は(引き返すという選択も含めて)最善の方向を目指すため、今出来ることを(とにかく何らかの手段でエネルギー補給をする、等)ただ実行してゆくことだけで、鳥に嘆いている暇などない。(梨木香歩『渡りの足跡』)

 この数年、梨木香歩『水辺にて』が大好きで、くり返し読んでいる。そのあと梨木さんは「鳥たち」の話を書いていた。文庫で入手可能と知ってさっそく買ってきて読んでいる(梨木香歩の「小説」や「物語」はまだ一作も読んだことがない、この二冊も「エッセイ」と言ってよいか、とはいえ、そんなジャンルわけはどうでもいい)。鳥たちからも、いろんなことを教わっている。

2016/01/28

海のある美術館

 この数年、自分の誕生日には、美術館へ出かけることに決めている。たまには自分自身の「外出支援」もしなければ、とね。でも今年はその日が日曜で、しかも雨か、雪かという予報なので、数日はやめて出かけてきた。今年は、葉山の神奈川県立近代美術館。『ヘレン・シャルフベック──魂のまなざし』を、ぜひこの機会に観たかった(3/27まで)。そこで美術展を観るのは、忘れもしない、2011年の3月、計画停電のさ中に『エル・アナツイのアフリカ』を観にきて以来、2回目か。
 美術館に入る前に海へ降りていくと、おぼろげに浮かび上がった富士が出迎えてくれた。絵を観て、疲れたら外へ出て海の音を聴いたり浜を歩いたりして、また美術館へ戻る、ということをして、約3時間。なんて贅沢なんだろう。肝心のヘレン・シャルフベックのことは、またあらためて書くつもり。

2016/01/27

実りの季節

 書くことで、自分でも気づいていなかった自分の奥深いところまで旅することができる。(中野民夫)

 吉祥寺美術学院のアトリエでの、ぼくの授業は、昨夜で2015年度の全日程が終了。この1年は、『からすのチーズ』のトークを手伝ってもらったのにはじまり、夏から秋にかけて数回のワークショップもあり、姉妹校の静岡美術学院にも呼んでいただいて、例年以上に濃い、心に残る1年だった。見える部分で、なんというか、この数年やってきたことの「実り」が多かった一方で、ぼくは自分自身の制作(創造?)の動きが少し弱くなって、悩み多い時期でもあった(「教える」ばかり強まると説得力がないから)(一方的に「教えて」いるつもりもないのだけど)。少し時間を置いて、また新しい話をしにいきたい。そして受験生たちからの結果報告を、たのしみに待ちます。

2016/01/26

ちいさなピアノ

 ことばとは、確定され、文字に書かれ、まぎれなく発音されるというものよりは、はるかに根源的な何かであるのではないか。(竹内敏晴)

 久しぶりに『ことばが劈(ひら)かれるとき』(竹内敏晴)をめくっている。2009年の年末、勤めを止めようと決意しはじめたころ、当時は毎朝、少しずつ音読することでしか読まないと決めて読んでいた文庫本。竹内さんが来るはずだった大阪吃音教室で、追悼の語り合いが行なわれた。そのころ、近くの古本屋で見つけて買ったのだった。大阪吃音教室に出会った翌週だったか。ぼくは竹内さん本人には会いそびれたが、すばらしい出会いであった、とは言える気がしている。
 写真は先週の光海。かれとの遊びは、いろんな可能性を秘めていて、ぼくからすれば、いろんなアイデアの宝庫にもなる。妻もそう思ってるはず(?)です。

2016/01/25

強風

 ことばは行動である。(スタニスラフスキー)

 ぼくはどもって声が出ないときに、笑う癖がある。人によっては顔をしかめるとか、仕草が大きくなるとからだを叩くとか、頭をふるとか、あまり大きくなると問題も大きくなってくる。ようは、出にくい声を出すために勢いをつけている(?)わけだ。先日、そのぼくの「笑い」にこわばった表情を見せた人がいた。仕方のないことだ。また別の先日、知的障害の人たちに長年かかわってこられたという方が、「吃音」ということばは最近知ったが、と触れて、「(その人が吃音者かどうかは)話せばわかる」と言っていて、少しガッカリしたのだった。でも、人ってそんなもんだ、と思ってるところもある。しかし、そこで崇高な理念というのか、理想のようなことを語られると、はっきり言ってぼくはしらけるのだ。それは現実をしっかり(はっきり)捉えられていないからではないかと思う。現実がしっかりしていたら、非現実的な理想でも耐え得るだろう。

2016/01/24

晴れた朝の戯言

 ぼくの故郷・鹿児島市では珍しく雪が積もっているという朝。こちら、横浜はこのとおりです。
 外出支援という仕事、中止になるとさ来月の生活に響くので、雪が降って中止になってほしくない。なので、ホッとしています。それくらい危ういなかで仕事して生活しているということ? だから、「事故」やら「虐待」やらのニュースを見ても、他人事のように非難したりお説教を垂れることが自分にはできないなぁ。でも自分がなるだけそこに踏み込まないですむような工夫は日々しています。しかし、気候とか天候に左右されるって、行商か農業か、その年や時期によって豊作だったり貧しかったりする。必要なら「出稼ぎ」に出ると。昔ながらの暮らしをしていますと言ってみてはどうか(思いつき)。いまはどうしても「子育て」と「生活のための仕事」(「生業」というか「稼ぎ」というか)に注力しなければならなくて、たとえば今月前半に書いてしまうはずだった〆切のはっきりしない原稿は、相変わらず、まだ。とはいえ毎朝、少しずつ。

2016/01/23

最近、( )に夢中だ。

 愛するということは、なんの保証もないのに行動を起こすことであり、こちらが愛せばきっと相手の心にも愛が生まれるだろうという希望に、全面的に自分をゆだねることである。愛とは信念の行為であり、わずかな信念しかもっていない人は、わずかしか愛することができない。(エーリッヒ・フロム)

 最近、「ほーぼーしゃいちゅた」(『しょうぼうじどうしゃ じぷた』)に夢中だ。ぼくが幼いころにくり返し読んだ絵本を実家から贈ってもらって親子二代で読んでる。最近、「ぶーぶ」(車)に強い興味が出てきた様子。先週、「かっきーぶーぶ」(かっこいい車)のオモチャをママの知り合いの保育園の先生の家でもらって、お気に入り。「かっきーぶーぶのびーびー」(かっこいい車のDVD、パパのお気に入り、ジャック・タチの『トラフィック』、そういえばあんなに車ばっかり走ってる映画もそうないか)にも夢中だ。あれを見ているときだけは静かだし。それから、最近、「おえかき」に夢中だ。

2016/01/22

たまに思い出す。

 ぼくは自分が大阪を離れたときの話をいつか書こうと思うけれど、何年後になるかな、何十年後になるかな、2010年の3月の話を書くまでに、かかる時間は、とてもながく、ながく、ながく感じられる。それを超える話はぼくからは出てこないような気がしている。それは、当時ぼくの近くにいた人ほどわからないかもしれない。なぜって、ぼく自身が全然わかっていないから。わかるような気がする部分もあったが、いまとなっては、それも違うような気がする、あれも違ったような気がする、ではなぜ? とにかく大阪から府中へ(府中でなくてもよかったのだが)移動するために、周囲の人を、自分自身をもうまく言いくるめて、それまでにあった流れをスパッと断ち切ったのだった。
 たまに思い出す。いま、こうして、横浜で家族三人暮らしているのが、夢のようだ。

2016/01/21

深まる寒さと空の色

 気持ちよく晴れたが、寒さはどんどん深まっている。今週末は真冬以上の寒さになると天気予報が言っていて、また雪の予報も出た。いまから週末の(仕事の)心配をしている。しかし、空は、なんだか冬っぽくない気がしません?

2016/01/20

「ムダな失敗」とは?

 昨日は外出支援のあと、アトリエに向かう。横浜も蒲田も路上からは雪はもうほとんど残っていなかったが、吉祥寺に降りると、まだ、こんな様子だった。

 気になるセンター試験の結果だけれど、国語は多くの受験生にとって(予想よりも)点がとれた様子で、まぁそれには理由があり、気になる部分もあるにはあるが、受験生たちはホッとしたかもしれない。ぼくとしては、彼ら(芸大・美大を目指している)が、たとえば国文科を目指している人たちより高い点数を目指す必要はないと思っていて。それより「ムダな失敗をしない」で、気分よく本業(実技試験)に向かってほしいと毎年思っている。もちろん「いい気分」は、作品にもうつるからネ。(「ムダな失敗」なんか人生にあるのかな、という気もしつつ。)

2016/01/19

満喫

 それを表す言葉がまだない、そのようなものを考えることができますか?(ミヒャエル・エンデ)

 光海と一緒につくった、雪のおにぎり。彼が起きて、ぼくが彼を二階へ連れていく。窓から、外の景色を見たときの、彼の顔! 外へ連れて出ると、おそるおそる雪に触れる。やがて、「ゆきー! ゆきー!」と大騒ぎして、雪と遊びたがる。寒いので、途中から雪のほうを家のなかに招き入れて、こんな遊びになった。

2016/01/18

雪の日の考えごと

 昨夜遅くからの雪で首都圏の交通機関はうまく機能していなかった様子。「うまく機能しない」というのは、「人の思い通りにいかない」ということだ。電車がスケジュール通り走っていないというので、怒っている人も少なからずいるそうで、人って自然にたいしてそんなにも傲慢になれるんだなぁと感心しないでもない。本人は「自然にたいして」とは思っていないかもしれないが、それならますます… だ。「人の思い通り」にいかないのは、じつは「人」自身もおんなじだ。
 たまたま月曜で、ぼくは外出支援の仕事もなく(朝からあったら中止になったかもしれない、あるいは、中止にしたかもしれない)道草の家でボンヤリ、延ばし延ばしになっている原稿に向かったり、光海と雪で遊んだりした。夕方、買い物で、雪を踏んで駅のほうに降りて行くと、雪はキレイサッパリなかった。

2016/01/17

散歩していて、出会った

 先週、東京は「初雪」と聞いたが、一瞬で、そのときぼくは横浜の道草の家(自宅)にいて雪には降られず、もう半月以上、雨に降られていない。個人的には幻におわった「初雪」の日(曇っていた)以外は見事な晴天つづきなので、ちょっと飽きてきた。今夜からは晴天が崩れて雨になるという予報で、場合によっては雪にもなるそう。光海、今年は積もった雪が見られるかな。写真は先週、彼と近所を散歩していて、出会ったてんとう虫。

2016/01/16

値引きをさせられるこどもたち

 競争しない。自分で走るだけ。(中村好文)

 「いちおうセンター試験対策をやっている先生」なので、その当日には、その内容(ぼくの場合は国語の出題)が気になる。問題はまだ見られていないのだけれど、大手予備校が出している「速報」や噂話は届いてます。「いちおう」と書いたのは、ほんとうに「いちおう」だからで、センター試験や入試「だけ」を目標にしていたら、そんな空疎な時間はない。この「先生」はなにもわかっちゃいない。その立ち方がわかれば、みんな自分で「学べる」ようになる。そういえば「勉強」って妙なことばだなぁと思って調べたら、もとは江戸時代のことばなんですね。「商人が頑張って値引きをする」「本来は気が進まないことを仕方なくする」だって(ウェブ「語源由来事典」より)。可笑しい。

2016/01/15

前夜

 ひとはどこまでもじぶんの低さにとどまらなければならない。(鷲田清一)

 1年とは早いもので、「センター試験対策」のアトリエ授業は2015年度も最終回。今年の(ぼくの)授業はあと少しつづくけれど、彼らにとって大きな山をひとつ超える。あと数年はつづく(あと数年で終焉を迎える)「センター試験」というシステムについて、現在の日本の大学入試制度にたいして、ぼくにも意見はあるが、それは置いておいて、現状にたいしてどうアプローチするか、また、大学には行ったほうがよいという考えも自分にはない、取り組んだ結果として行かないという選択もある。そう思いつつ、毎週、できうる限りの準備と、話せるだけの話と、アトリエでの制作の間に小さな(と自分では思ってる)「隙間」をつくってきた。
 大事なのは準備。あとは、やれるだけやればいい。どんな仕事でもそうだ。

2016/01/14

気をつけろ。

 狭き門より入れ。滅びにいたる道は広く、これより入る者は多し。生命にいたる門は狭く、これを見いだすものは少なし。(『新約聖書』マタイ伝)

 困ったときには、焦るなよ、と自分に言い聞かせる。人間、そんな大股には歩けない(考えられない、感じられない、生きられない)みたいで、一歩、一歩、進まなければ道もできない。が、どうもこの社会で暮らしていると大股に歩けと言われているようなことが少なくない気がする。気をつけろ。

2016/01/13

一番たいへんなこと

 毎日、こんな朝を眺めながら、あたらしくつくる本の仕事を進める。昨日から急に冷え込んで、空は一段と透き通ってきた。地平線のほうにある雲も透明に光っているように見える。あと少しで、前準備が終わり、次の段階に入れる、という、今朝はその直前のところ。先週、少し愚痴を言ってから、急に、「いろいろあるけど、考えてないで、進めたら進むよ」という自分の声が聴こえてきて、あ、そうか、と。けっこう単純なことだったんだ、と気づくこともあり、とりあえずやってみているところ。自分を励ますのが一番たいへんだ。

 それにしても朝の時間は快適。今年は、というより、これからは、無理して夜中にやろうとするのを止めて、早朝の仕事に切り替えていこうと思うまでになってる。いい感じだ。

2016/01/12

「こえ」の発見

 ことばを話すことは、歩いたり、食べたり、息をしたりするのと同じように自然なことで、ある人々にとっては、ことばを話すことが人間が長いことかかって習得する技術であるということは実感できないだろうと思います。(竹内敏晴)

 鏡開き。というので、昨日の朝、妻がおしるこをつくってくれた。美味しい。
 ぼくには「こえ」を自分で意識的に見つけ、育ててきたという実感があるのだけれど、みんなそういうわけではないのだな、と気づいたらのはわりと最近のことだ。ぼくにはそうする必要があった。書くこともその一環だった。

2016/01/11

力を引き出す力

 芸術の力は、言葉を奪われているということではないのだろうか。そして言葉の力は、「通じない」ということなのではないだろうか。(加藤典洋)

 先週は久しぶりに(ある人に)ぽろぽろ止まらない愚痴をこぼしてしまったのだった。「そういえば、こういうことで愚痴を言う相手がいなくて」と言ったら「ここで言ってください」と笑って返された(ちょっとしたアイデアもいただいた、ぼくはそのとおりにはしないとは思うけれど、でもそのアイデアは必要だった)。ありがたかった。そのあと不思議と、少しずつではあるけれど、抜けていた力が戻ってくるようで。なんとかなりそうだ。
 そういえば、先週の木曜には、大國魂神社にも(毎年やっているように)新年の挨拶に行ってきた。珈琲焙煎神宮舎(笑)までは足がのびなかったので(時間がなくて)、そちらへの「初詣」はまた近々!

2016/01/10

コツ

 ここで子供時代から一番驚異だと思い、今日でも同じように驚いていることを話しましょう。それは「話すことができるということ」「理解できるということ」です。これはものすごく不思議なことですよ。(ミヒャエル・エンデ)

 今朝は日の出に間に合わなかった(写真は昨日の朝)。この朝の、短い時間に、少しずつ少しずつ、どうにもならないと思わず(思いながらでも)自分の仕事を進める。「仕事しながら仕事するコツは何でしょう?」と訊かれたんだ。コツがあるならオレが知りたいヨ。
 と書いて、いや、あるな、と思う。
 気分よくやる、ということ。
 そうします。

2016/01/09

ふかい観察のなかに

 外出支援の仕事始めの前日、伊勢山皇大神宮に初詣に行ったついでに、妻子には先に帰ってもらって少しだけ時間をもらって、横浜美術館で今週末(11日)までやっている「中島清之展」を観てきた。
 研ぎ澄まされた日本画の技法と(戦争を挟んだ激動の時代に画家が出合った)様々な身近な対象へのふかい観察から生まれたのだろう、様々な作風が、ぽろぽろとこぼれ出てくる。いわゆる「ポップ」な感覚もあるし、なかには抽象絵画のような作品もあって、とってもユニーク。で、また日本画らしい絵(?)に戻るとよりその深みが感じられる。細やかな観察のなかに、生まれるものの豊かさをじっくり感じられた。観れば観るほどいろんな発見がありそう。

2016/01/08

あの「空き地」

 豊かな孤独。そちらの方から、少し明るい、軽やかな空気が流れてくるような気がして。(梨木香歩)

 午前中、親子三人で森林公園へ行き、今日は初めて大きな滑り台のあるほうへも足をのばした。
 ぼくの幼いころ、ぼくの家族はマンションに住んでいた時期があって(いま思えば短い期間ではあったが)、その近くには「グリーン・センター」と呼ばれる大きな公園というか、現在では鹿児島県庁のビルが立ち並んでいる場所が巨大な空き地になっていてこどもたちにとっては格好の遊び場になっていた。いまぼくの実家のある場所に引っ越してから、しばらくしてその「空き」は見事にキレイサッパリ消えてなくなった。そのときの茫洋とした悲しさは、ぼくの心の底にうっすら残っていて消えない。森林公園で光海と遊んでいると、幼い日の自分が、あの「空き地」にいるのを感じる。

2016/01/07

夜明けの共演

 朝早くに起きて、東の空を見る。うつくしい朝焼けの上に、月と、金星が(「明けの明星」ですネ)。さらに、その左下には土星がいらっしゃるそうだけれど、すでに見えなくなっていた。

 今週は、夜、はやく寝られる日には光海と一緒にはやく寝て、朝、暗いうちに起き出す、というのをやっている。帰宅が遅い日もあるので、無理しない程度に。仕事も夜やるより朝の時間のほうが(頭が冴えて)はかどる。ようですよ。

2016/01/06

警報機の音

 学校に通う人たちはまだ冬休みらしくて、平日なのだけれど、彼らの「外出支援」は、まだ「休日」だ。今日は朝から外出して本人の好きな「電車の旅」をして、蓮沼まで戻ってきたところで、風雷社中の事務局があるハスヌマ・ベースで計画されていた焼き肉ランチ・パーティーに参加させてもらった。肉ばっかりで他の食材が不足しすぎていたり(準備した人が想像できる)、煙が出すぎて火災警報機が鳴ったり(意外とかわいらしい音)、わいわい、賑やか。

2016/01/05

去年のつづき

 新年の抱負? 今年は去年のつづきだよ。(細野晴臣、ラジオ「Daisy Holiday」から)

 個人的には4年目を迎えている「外出支援」の仕事始め。今年は、そうですね、去年のつづき、だ。ぼくには、これまで、そういうふうに言えないような年が多かったが、今年は、去年のつづきだ、とハッキリ言えるような感触がある。満足してしまったらダメだ? もっとどん欲に? いや、最近のぼくはそうは思っていない。満足してしまえることの、豊かさというものを、もっと大切にしたほうがよいね。満足の質というものもある。満足にもいろいろあるのだ。

2016/01/04

バスと動物たちと

 新聞をとらなくなって久しいが、とるべきだ、と言ってくる人がいたら、毎日いくつの新聞を読まれているんですか? とぼくは即座に訊くだろう(それでもインターネットがなかったら頑張って読むかもしれない)。そんなぼくも、毎年、元旦だけは新聞を買う。初詣とか初湯とかと同じ感覚で、習慣のようなものです(だから新聞がなくなったら寂しい気もする)。今年の元旦は、光海も新聞を読んだ。彼が気に入ったのは、宮崎交通のバスが出てくる一面大の広告と、動物たちが出てくる一面大の広告。

 3日は吃音のお友達がふたり、訪ねてきてくれて、久しぶりに話して、賑やかだった。4日の朝は、いつもの伊勢山木皇大神宮へ初詣へ。神社の傍に住んでいる友人夫婦の話をしていたら、前から歩いてきて立ち話をしたりして、愉快。ぼくはついでに横浜美術館へ足をのばして「中島清之(なかじまきよし)展」と「コレクション展」を観てきた。中島清之の絵との出会いは、素晴らしい時間になった。

2016/01/03

ちいさなことから

 今年の正月は、義父が某所で獲得した景品(?)である御節セットのお世話になった。この蟹に感激(!)。お金はないけど、いただきものは豪勢。それでも上等の酒を買ったり、贅沢をしたので、これからまた質素な暮らしに戻ります。
 昨日の夜中、起き出して、ぼくは昨年のうちに取りかかれなかった自室(仕事部屋とも言える)の片付けに手をつけた。少しでも片づくと、気持ちも変わる。ぼくは小学1年生のころから、担任の先生に「机のなかはきれいにしましょう」と通知表に書かれるこどもだった。あのときの先生に会ったら、「かわってませんよ〜」と笑いながら話すだろう。「机のなかをきれいに」はムリみたいだけど、ま、机のまわりを片づけることくらい心がけよう。新しい年になって、今年はちょっと変えようかな? と思うことがあったなら、ちいさなことから。さて、何日つづきますやら。

2016/01/02

踊る初湯

 今年も1月2日は近所の銭湯「ゐなり湯」へ「初湯」に行ってきた。先月の「ゆず湯」で女湯に入り大泣きだった光海も、今日はぼくと一緒に男湯に入り、おとなしくしていた(多少緊張気味ではあったけれど)。いつも(幼い子には)熱すぎると思われる黒湯も今日は気持ちぬるめで、光海も足だけつかった。「初湯」に行くと、干支の石鹸と、銭洗い弁財天で清めてこられた「御福銭」がもらえる。ぽかぽかになって、お昼にしてすでに眠たい。今日の午後は寝正月にでもするか…(呑気ダナ)。写真は脱衣所に置かれた、踊る獅子舞。像の背中に乗っている。

2016/01/01

何はともあれお正月

 あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。と、定型文がいいですね、やっぱり、元旦は。躍進の年にしたいとか、奮起の年とか、言う気はサラサラなくて、今年もごそごそ、ざわざわ、うきうき、てくてく、ゆきましょう。写真は秋にたまたま訪れる機会があった深大寺で買い求めた土鈴。見事です。よい年になるような気がする。ミナサマもよいお正月をお過ごしください。